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「傾奇者」

かぶきもの・・・

異風の姿形を好み、異様な振る舞いで人を驚かせることを好む者

安土桃山時代くらいから、そういった若者が街をウロウロしていたようだ

その髪形も工夫を凝らし、マゲを斜め(sign02)に束ねてみたり←かなりのロン毛(笑

艶やかな女物の着物の裏地を自分の着物の表地に張り付け

はたまた動物の皮を着物に縫い付けて・・・

なんてアヴァンギャルドな普段着なんだろうか(笑

「一夢庵風流記」(作家・隆 慶一郎の歴史小説)を原作として

原 哲夫さんが少年ジャンプに連載していた「花の慶次 ー雲のかなたにー」は好きなマンガだった

歴史上実在した、前田家の前田慶次郎利益の話だ

最近では原さんが描いた慶次キャラクターを使って

「CR 花の慶次」というパチンコ台にもなっている(笑

まさか慶次も亡くなって400年近く経ってからパチンコ台デビューするとは思ってもなかったはずだ(笑

蛇足の説明をすると「CR 花の慶次」はバトルタイプのパチ台で

10万勝った翌日に15万負ける・・・みたいな波の荒い機種(笑

コワいコワい(笑

さて話を戻すと‘天下一の傾奇者’と言われた慶次だが、奇異な出で立ちだけが人々の興味をそそったワケではなく(当時、身の丈六尺五寸=197㎝もあれば充分に目立つ存在ではあるが・・・笑)

茶の湯や歌、舞踊の習いを身につけつつ

合戦では一騎がけで数万の敵軍に突進するゲリラ戦術にも長けていたそうだ

アヴァンギャルド(笑

でも、時の権力者から召抱えをオファーされても断り、自分の思いのままに生き続けた慶次に、私は絶大な魅力を感じてしまう

リアルでもチャットでも若い男女と話をしていると、彼らは時々、決まったフレーズを使う時がある

‘もう死にたい’だ

若い時って、悩みが絶えないもんね

悩み・・・解決出来る悩みと、その時点では解決出来ない悩みが存在することをまず自覚して、解決出来る悩みなら、解決する方向へ心のベクトルを向かわせる

悩みを解決するための第一歩は、そんなところだろうと思う

誰でも通って来た道だとも思う

しかし、‘死にたい’←この言葉をアカの他人に言うことが、どれだけ自分にとって恥ずかしくて、そして相手にとって迷惑なことなのか?

・・・ってことがわかっていない

リアル、チャット、そんな迷惑な若い人からこのフレーズが出た時

私は必ず、こう返すことにしている

「難しく考え過ぎてないか?何も今死ななくても、いずれは誰でも死ぬんだよ

死ぬまで生き続ければ良いだけだ、ただそれだけだよ」

「生きるだけ生きたら死ぬるまでもあろうかと思ふ」(無苦庵記)

(※ 慶次は諸大名の誘いを断り、直江 兼続の居る米沢で庵を結び、その地を終世の場所とした

その庵の名前は‘無苦庵’、そこで慶次が書き残した書物を‘無苦庵記’と呼ぶ)

ニュアンスは少しばかり違うが、慶次の言葉は私の中で生命を持って生き続けている

はい、ワタクシ、慶次の言葉をパクっています(笑



私にとっては理想的な生き方だが

‘死にたい’と思う人は、こんな生き方をどう思うのだろうか・・・

原典 無苦庵記

「抑も此の無苦庵は孝を謹むべき親もなければ憐むべき子も無し。

こころは墨に染ねども、髪結がむづかしさに、つむりを剃り、足の駕籠かき小者やとはず。

七年の病なければ三年の蓬も用いず。

雲無心にして岫を出るもまたをかし。詩歌に心なければ月花も苦にならず。寝たき時は昼も寝、起きたき時は夜も起る。

九品蓮台に至らんと思う欲心なければ、八幡地獄におつべき罪もなし。

生きるだけ生きたらば、死ぬるでもあらうかとおもふ。」

(文中の‘無苦庵’とは慶次郎、自分を指している)


現代語訳

「そもそも、私こと無苦庵には、孝行をつくすべき親もいなければ、憐れみいつくしむべき子供もいない。

わが心は墨衣を着るといえるまで僧侶には成りきらないけれども、髪を結うのが面倒なので頭を剃った。

手の扱いにも不自由はしていない。足も達者なので駕籠かきや小者も雇わない。

ずっと病気にもならないので、もぐさの世話にもなっていない。

そうはいっても、思い通りにならないこともある。

しかし、山間からぽっかり雲が浮かびあらわれるように、予期せぬこともそれなりに趣があるというものだ。

詩歌に心を寄せていれば、月が満ち欠け、花が散りゆく姿も残念とは思わない。

寝たければ昼も寝て、起きたくなれば夜でも起きる。

極楽浄土でよき往生を遂げたいと欲する心もないが、八万地獄に落ちる罪も犯してはいない。

寿命が尽きるまで生きたら、あとはただ死ぬというだけのことであろうと思っている。」

出典 今福匡「前田慶次-武家文人の謎と生涯



江戸期に入ると‘傾奇者’に対する幕府の取り締まりが厳しくなり、傾奇者の姿は歴史上消滅してしまう

しかし、傾奇者の精神は任侠の世界に受け継がれ

傾奇者が持っていた様式美は歌舞伎の世界へと受け継がれてゆく



こんな曲がかかって、球がジャンジャン出てくる・・・人気も出るはずだと思う(笑

1台70万で取引されているという、ニューギンさんの予期せぬ(sign02)ヒット作‘CR 花の慶次’

この歌のように、傾いて傾いて傾き続けていけたらなぁ~・・・(笑

「傾奇者恋歌」 それにしても角田さんは歌が上手いnote(笑

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コメント

はじめまして
毎回楽しく拝読しています。

「死ぬまで生き続ければ良いだけ」
簡単で・・・それだけだけに難しい・・・
上を向いて歩こうと心がけています。
楽しく毎日を過ごせたらいいですよね。

これからも
ブログ楽しみにしています。


投稿: 松風 | 2008年10月30日 (木) 22時57分

はじめましてnote
ブログをご覧頂き、あごがとうございます
そうですね、上を向いて歩いていきたいですね
上を向いて歩いていたら足元にヒカルflairものが・・・

アッアッー500円玉みっけーsign01

・・・なんてこともあるので、たまには下を向いて歩くこともある私です(笑

今後ともよろしくお願いします

投稿: カッツ | 2008年10月31日 (金) 21時04分

こんにちわニコニコ
なかなか奥深い素敵なお話し
わかったような、わからなかったような
ブログ呼んではたとある本を思い出しました
清水寺貫主だった大西良慶さんが書いた
「ゆっくりしいや」です
(人生には、舞台と楽屋があるの。楽屋ではなにいうてもええの。けど、舞台ではおかしなこというたら起こられる///)
102才の時の本です

投稿: ハーブ●ヘ(^エ^=) ニャァー | 2008年11月 1日 (土) 18時48分

コメント、ありがとうございますnote
わかったような、わからないような・・・
ブログを書いている私自身が
わかっているような、わかっていないような・・・(笑

Blowin’In The Wind

その答えは風の中にある
答えは風の中で舞っている

そういうふうにボブディランが言うので
‘風に聞いてみた’と、このブログの副題にしてみました(笑

次はどんなことを風に聞いてみようか? 
いつもそんなことばかり考えています(笑

投稿: カッツ | 2008年11月 1日 (土) 22時49分

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